「答え=相手にとっての正解」は常に相手の中にある

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最近、我が家の中学2年生の娘との間で、
ちょっと笑える(でも、私のプライドは折れつつ気づきのあった)事件がありました。
コミュニケーションの奥深さについて改めて考えさせられる出来事でしたので、
今日はそれをご紹介しますね。

中学1年の時に、演劇部(結構本格的)に入っていた娘。
2〜3ヶ月に1回は大会や学院祭があり、
役決めは毎回ガチのオーディションでした。
「選ばれなくて悔しい」
「どうしてもあの役がやりたかった」
という、まさに勝ち負けのある競争社会のど真ん中。

しかし、中2になった娘から突然の宣言がありました。
「私、演劇部やめて美術部に変わるわ。自分の好きな絵を描きたいねん」

私の心の中は…
「やっぱり、競争社会は向いてへんわ…。
私の営業遺伝子、欠片も引き継いでないわぁ…。」

そう思いつつも、そこは母として、
まずは彼女の言葉をしっかり受け止めようと試みました。
子どもは自分とは別人格。

「そっかそっか。
演劇部は毎回オーディションで勝ち負けが決まっちゃうもんね。
(勝気な子たちが多いしね…)
だから、競争じゃなくて、
自分のペースで好きな絵を表現できる美術部に移りたいってことやね。
うんうん、それもええんちゃう?」

前後の背景を踏まえ、娘の気持ちに寄り添いながら、きれいに要約。
いわゆるコミュニケーションの鉄則、「傾聴・オウム返し・復唱」のフルコースです。
私としては「完璧なヒアリングや…!」と心の中でドヤ顔をしていました。

ところが…。
まさかの大逆鱗!「私が考えたのに!」
なんと、娘が突然怒り出したのです。

「……なんかママと話してると、
ママが全部考えて決めたみたいでめっちゃ腹立つ!!!」

「えっ!?!?(頭の中に大量の『?』マーク)」

よくよく聞いてみると、こういうことでした。
娘にとっては、「自分で悩んで、自分で答えを出した大切なアイデア」だったんです。
それを、私が傾聴スキルを使って前後の文脈から感情まで「きれ〜いに」
まとめて復唱してしまったせいで、
「まるでママが最初から論理的に導き出した結論」
のように聞こえてしまったとのこと。

「せっかく私が自分で決めたのに、
全部ママのおかげみたいになってるやん!」と。

お客様やメンバーとの会話では、この「要約・まとめ」こそが
安心感や相互理解を生む正解だと思っています。
まさか、その「きれいにまとめること」が、
思春期の娘の『自分で決めたというドヤ感』を奪い、
主導権を私が取った!みたいになってしまったんです。

「答え=相手にとっての正解」は常に相手の中にある

まじで。ほんとに。

思春期の娘との会話って本当に難しいですね(笑)。
「あの幼稚園の頃の無条件の可愛さはどこ行ってん!」
と心の中でツッコミつつ、
「これも自立(成長)への大切なプロセスや…」と
必死に頭に言い聞かせてイラつきを抑える毎日です。

でも、今回のことでハッとさせられました。
コミュニケーションの鉄則は「相手に合わせること」。
どれだけ自分が「これが正しいテクニック(正解=正論)だ」と思っていても、
相手が求めていなければ、それはただの押し付けになってしまうんですよね。

時には、きれいにまとめず、ただ「へえ〜!すごいな!自分で考えたんや!」と、
驚いてあげるだけの「余白」が必要だったのだと思います。

ビジネスの場でも、同じことが言えるのではないでしょうか。
良かれと思ってやった「完璧な提案」や「整理された結論」が、
実はお客様やメンバー自身の「自分で見つけた!」「自分で決めた!」
という喜びや納得感を奪ってしまっていることもあるかもしれません。

中2の娘に、コミュニケーションの奥深さを改めて教えられた母でした。
相手の「自分で決めた!」という気持ちや余白を大切に、
今日も一日、前向きに頑張っていきましょう!

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