ハラスメントとコンプライアンスの違いは?違反による企業リスクや判断基準、防止策を徹底解説
職場でのハラスメントは、もはや個人間のトラブルではなく、企業の存続に関わる重大なコンプライアンス違反と位置づけられています。パワハラやセクハラだけでなく、妊娠・出産・育児や介護に関連する嫌がらせ、顧客からの過度な要求によるカスタマーハラスメントなど、リスクの種類は年々多様化しています。こうした問題を放置すれば、法的責任や損害賠償に発展するだけでなく、企業ブランドや人材確保に深刻な影響を及ぼしかねません。
この記事では、コンプライアンスとハラスメントの違い、違反ラインの判断基準、代表的な事例、企業が直面するリスク、そして防止のために整備すべき体制や研修方法を体系的に解説します。経営層や人事担当者が直ちに行動に移せる実務的なポイントを整理しました。自社の職場環境を見直し、健全で信頼される組織づくりの参考にしてください。
目次
コンプライアンスとハラスメントの違い
企業コンプライアンスの基本範囲
コンプライアンスとは本来「法令遵守」を意味しますが、現代の企業ではそれに留まりません。法律や業界の規則だけでなく、社内規程や倫理・道徳といった社会的規範も含めて遵守し、公正・公平に業務を行うことが求められます。
例えば就業規則や社内マニュアル、ハラスメント防止規程などもコンプライアンスに含まれ、企業は組織としてこれらのルールを守る責任があり、それが社会的信用の基盤となります。
ハラスメントの定義と代表的な種類
ハラスメントとは、職場におけるいじめや嫌がらせの総称で、特定の相手に対し精神的・身体的な苦痛を与える行為を指します。代表例として、職場の権力関係を背景にしたいじめであるパワーハラスメントや、性的言動によって不快な環境を生じさせるセクシュアルハラスメントがあります。
また、妊娠・出産に関連する嫌がらせであるマタニティハラスメント、育児休業や介護休業の取得者への嫌がらせ、顧客から従業員への迷惑行為であるカスタマーハラスメントなど、職場におけるハラスメントには多様な種類が存在します。
両者が重なる場面とコンプライアンス違反となる理由
企業コンプライアンスとハラスメント問題は密接に関係しています。職場でハラスメントが起きること自体が、企業が法令や社会規範を守れていない状態と言えます。例えばパワハラやセクハラの防止措置は法律上の義務であり、社内でそのような行為が横行していればコンプライアンス違反となります。
またハラスメントは労働者の基本的人権や安心して働ける環境を侵害するものであり、企業倫理にも反します。したがって、ハラスメントの放置は企業が法的責任を問われるだけでなく、社会的信用を失墜させる重大なコンプライアンス問題となります。
コンプライアンス違反ラインの判断基準
どの行為が「適切な指導」か「ハラスメント」かの線引きは、被害者への影響や業務上の必要性を基準に判断されます。法律や行政指針によって、その基準は年々明確化されています。
被害者の不利益と業務上必要性のバランス
「どこからがハラスメントに当たるのか」は、被害者が受ける不利益の程度と、その行為の業務上の必要性を比較して判断されます。客観的に見て業務上必要で適切な指導の範囲を超えており、相手の就業環境に悪影響を及ぼす言動はハラスメントと認定されます。
例えば同じ注意をする場合でも、人格を否定する暴言を繰り返し部下に浴びせれば精神的な攻撃となり、業務指導の域を超えたハラスメントと判断されるでしょう。一方、指摘の内容・頻度・方法が業務上合理的で相当なものであれば、厳しい口調であっても直ちにハラスメントとは言えません。
正当な指導とハラスメントの境界線
適正な業務指導とハラスメントの違いを理解することが重要です。上司や先輩が部下に注意したり指導したりすること自体は必要な行為であり、それが客観的に見て妥当な範囲内であれば問題ありません。ハラスメントに当たるかどうかは相手の主観ではなく、あくまで社会通念に照らした客観的判断で決まります。
例えばミスをした社員に対し、冷静かつ具体的に改善策を指導するのは適切な指導ですが、皆の前で長時間怒鳴りつけ恥をかかせる行為は必要性を逸脱しておりパワハラとみなされます。管理職は「叱らないと指導にならない」という思い込みや、「厳しく指導するとハラスメントと言われるのでは」といった過度な委縮を避け、適切なコミュニケーションを心がける必要があります。
最新の法改正や行政指針に基づく判断ポイント
近年の法改正や行政指針により、ハラスメントの判断基準はより明確化されています。厚労省のガイドラインでは、職場のパワハラは「優越的な関係を背景とした言動」で「業務上必要かつ相当な範囲を超え」かつ「就業環境が害されるもの」と定義されています。
また法律により、2022年までに全企業でパワハラ防止措置が義務化されました。さらに2025年の法改正では、顧客からの迷惑行為(カスタマーハラスメント)や就職活動中のセクハラへの対策も事業主の義務に追加されました。企業は法令・指針に沿った社内基準を定めるとともに、グレーゾーンの事案でも被害を訴える声に耳を傾け適切に対処する姿勢が求められます。
ハラスメントがコンプライアンス違反となるケース
パワハラやセクハラだけでなく、妊娠・育児・介護、顧客対応に関連するハラスメントも、発生した時点でコンプライアンス違反にあたります。多様化する事例ごとに正しく理解することが必要です。
共通する違反要件
あらゆる種類のハラスメントに共通するのは、労働者の人格や人権を侵害し、職場環境を悪化させる行為であるという点です。これは企業が遵守すべき法令・規範に反する行為に他なりません。ハラスメント行為は多くの場合、労働法や均等法など何らかの法律に抵触するか、少なくとも会社の就業規則違反となります。
被害者の心身に重大な負担を与え働く権利を奪う点で、社会的にも容認されない行為です。よって、パワハラやセクハラはもちろん、後述する他の類型のハラスメントも、発生した時点で企業コンプライアンス上の重大な問題となります。
パワーハラスメントの典型例
厚生労働省の指針に示された職場のパワーハラスメント6類型を以下に整理します。
| 類型 | 主な内容(例) |
|---|---|
| 身体的な攻撃 | 殴打や物を投げつけるといった身体的暴力行為 |
| 精神的な攻撃 | 脅迫・侮辱・長時間の罵倒など精神的苦痛を与える行為 |
| 人間関係からの切り離し | 集団で無視するなど職場で孤立させる行為 |
| 過大な要求 | 必要のない業務の強制や遂行不可能な過大なノルマを課す行為 |
| 過小な要求 | 仕事を与えない、または力量に見合わない低い業務しか与えない行為 |
| 個の侵害 | 同意なく個人情報を暴露したり私生活を監視したりする行為 |
上記のように、パワハラには暴力的な攻撃から仕事上の嫌がらせ、プライバシー侵害まで多岐にわたるパターンがあります。これらはすべて職場の優位性を背景に行われ、相手に精神的・身体的苦痛を与える行為であり、明確にコンプライアンス違反です。
セクシュアルハラスメントの典型例
セクシュアルハラスメント、いわゆるセクハラとは、性的な言動により労働者に不利益を与えたり就業環境を害したりする行為です。典型的な類型として、上司が部下に性的関係を要求し、拒否すると報復として解雇や減給などの不利益を与える「対価型」と、職場で卑猥な発言や身体への不必要な接触を繰り返し行い、社員を不快にさせ業務に支障をきたす「環境型」があります。
例えば「飲み会で隣に座れ」と執拗に迫ったり、女性社員の身体的特徴を話題にしてからかったりすると、本人が黙って耐えていても周囲に与える萎縮効果は大きく、明らかにセクハラ行為と言えます。
妊娠・出産・育児・介護に関するハラスメント
近年問題視されているのが、妊娠・出産や育児休業、介護休業に関連したハラスメントです。妊娠・出産した女性社員に対して嫌がらせや不利益扱いを行うマタニティハラスメントは、男女雇用機会均等法で企業に防止義務が課されています。例えば妊娠を上司に報告した途端に「自己管理がなっていない」などと叱責されたり、産休・育休から復帰した社員に対し降格や配置転換を行って退職に追い込むような行為は違法です。
同様に、育児や介護のための休暇取得者へ「迷惑をかけるな」「昇進は諦めてもらう」と圧力をかける行為も、育児・介護休業法に反するハラスメントとなります。これらの行為は家庭と仕事の両立を阻害し、企業の法令遵守姿勢を疑問視される重大なコンプライアンス違反です。
ジェンダーや多様性に関わるハラスメント
多様な人材が活躍する現代では、ジェンダーや個人の属性に起因するハラスメントも見逃せません。例えばLGBTQ+など性的指向や性自認を理由に侮辱したり、本人の了承なく周囲に暴露する行為はSOGIハラスメント(ソジハラ)と呼ばれ深刻な問題です。
また、「女性のくせに生意気だ」「男なのに育休を取るなんて情けない」といった性別役割に基づく偏見や差別的発言もジェンダーハラスメントに該当します。民族や国籍、障がいなどに対する差別的な言動も含め、多様性を尊重しない態度による嫌がらせは従業員の尊厳を傷つけ、企業の社会的責任に反する行為です。企業はダイバーシティ推進の観点からも、こうしたハラスメントを許さない方針を明確に示す必要があります。
カスタマーハラスメント
カスタマーハラスメント、いわゆるカスハラとは、顧客や取引先が従業員に対して暴言・過剰な要求・長時間のクレーム対応強要など不当な圧力をかけ、労働者の就業環境を害する行為を指します。従来、顧客からのハラスメントは「サービスだから我慢すべき」と見過ごされがちでしたが、近年は従業員の保護の観点から社会問題化しています。
悪質なクレーム対応に追われて従業員が心身に不調をきたすケースもあり、企業が何ら対策を講じない場合、安全配慮義務違反として責任を問われる可能性があります。2025年の法改正ではカスタマーハラスメントへの対応整備が企業の義務に明記され、顧客対応も含め従業員を守るコンプライアンス体制が求められています。
発生がもたらすリスクと企業への影響
ハラスメントを放置すると、法的制裁から経営リスク、ガバナンス不全まで多方面に影響します。企業は信頼失墜を防ぐためにも、早期対応と未然防止が欠かせません。
法的リスク
ハラスメントを見過ごした場合、企業は様々な法的リスクを負います。まず、労働局など行政機関から是正指導や勧告を受け、改善されない場合は企業名の公表など行政処分の対象となり得ます。加えて、被害社員から損害賠償を求める民事訴訟を起こされれば、企業や加害者個人に多額の賠償金支払い命令が下る可能性があります。実際にパワハラを原因とする社員の自殺が労災認定された例もあり、企業の安全配慮義務違反が問われました。
またセクハラが刑法上の強制わいせつ罪や名誉毀損罪、暴力的パワハラが傷害罪に発展する場合もあります。このようにハラスメントは企業法務上の大きなリスクであり、予防と早期対応が不可欠です。
経営リスク
ハラスメント問題は法的責任だけでなく、企業経営にも深刻な悪影響を及ぼします。社内でハラスメントが起きれば従業員の士気や生産性が低下し、優秀な人材が離職してしまう原因となります。離職率の上昇や採用難にも直結し、長期的には事業の成長を阻害するでしょう。さらに、ハラスメント事案が表面化すれば企業の社会的信用は大きく傷つきます。
特にSNS時代では社名が瞬時に拡散し、「ブラック企業」とレッテルを貼られることで顧客離れや株価下落を招く恐れもあります。一度失った信用を回復するには長い時間と努力が必要であり、経営陣にとって大きな痛手となります。コンプライアンス軽視の企業という烙印を押されないためにも、ハラスメント対策は経営リスク管理の観点から重要なのです。
管理職・役員に及ぶ責任とガバナンスへの影響
ハラスメント問題は企業全体のガバナンス(企業統治)にも影響を及ぼします。管理職が加害者となった場合、その上司や経営陣の管理責任が問われるのは当然です。また、ハラスメントの横行は経営陣の統制不備と見なされ、株主や監督官庁から厳しい目を向けられる可能性もあります。実際に法改正によって企業の役員自身もハラスメントに対する理解を深め注意を払う努力義務が明文化されています。
コンプライアンス違反が発生すると、経営層の責任問題となり役員の引責辞任や減俸につながる恐れもあります。逆に、経営層が率先してハラスメント防止に取り組む企業は統治が適切だと評価され、信頼を高めることができます。ガバナンス強化の一環としても、ハラスメント対策は経営課題として捉えるべきでしょう。
防止策と体制づくりのポイント
効果的な防止には、明文化されたルール、相談体制、教育研修、継続的なモニタリングが必要です。経営層が率先して実行することで、職場全体の意識向上につながります。
方針の明文化と就業規則・懲戒規程
ハラスメント防止の第一歩は、企業の明確な方針を打ち出すことです。経営トップが「ハラスメントは許さない」というメッセージを発信し、社内規程にその方針を明文化します。具体的には、就業規則やハラスメント防止規程において、あらゆる形態のハラスメントを禁止事項として明記し、違反者には懲戒処分を科す旨を定めます。
併せて、ハラスメントに関する社員の行動指針や相談窓口の利用方法も規程に盛り込み、全従業員に周知徹底します。明文化されたルールは社員への抑止力となり、企業としての姿勢を内外に示す効果があります。定期的に規程を見直し、法改正に応じて内容をアップデートすることも重要です。
相談窓口・内部通報制度
ハラスメントを未然に防ぎ、早期発見するためには、相談窓口や内部通報制度の整備が不可欠です。従業員が安心して声を上げられるよう、人事部や社外ホットラインなど複数の窓口を設置します。相談窓口の担当者はプライバシーを厳守し、相談者が不利益を被らないことを保証する仕組みを整えます。
例えば匿名で通報できる制度や、外部の専門機関に委託した相談ダイヤルを用意する企業もあります。運用にあたっては「相談したことを理由に不利益扱いしない」旨を社内に周知し、報告があった際は迅速かつ公正に調査対応することが大切です。制度が「言っても揉み消される」「報復される」と感じられては機能しません。経営陣がこうした仕組みを後押しし、信頼性の高い通報体制を維持することが求められます。
管理職と従業員別の教育・研修
ハラスメント防止には教育・研修も欠かせません。特に管理職向けには、ハラスメントの基礎知識と法的責任、適切な指導方法を学ぶ研修を実施します。具体的には、パワハラと指導の違いや、部下から相談を受けた際の対処法、問題をエスカレーションする手順などをケーススタディを交えて習得させます。管理職自身が無自覚に加害者とならないよう、日頃の言動を見直すきっかけにもなります。
一方、一般従業員には、セクハラやパワハラの具体例、自分や同僚が被害に遭ったときの対処法、相談窓口の利用方法などを周知する研修が有効です。新人研修や階層別研修の中で継続的に取り入れ、職場全体でハラスメントに対する正しい理解と「NO」と言える風土を醸成しましょう。
定期アンケートや外部機関の活用
ハラスメント防止策が机上の空論とならないよう、定期的なモニタリングと改善が重要です。年に一度以上は従業員満足度調査やハラスメント実態アンケートを匿名で実施し、職場環境の変化を把握します。結果を分析して問題点が浮かべば、直ちに対策を講じましょう。
また、必要に応じて外部の専門機関を活用することも有効です。第三者による社内調査や、産業医・カウンセラーを交えた社員ヒアリングなどにより、内部では見えにくい課題を発見できる場合があります。相談窓口についても外部の弁護士や通報受付サービスを利用することで、公平性を高める企業が増えています。こうした継続的なチェックと外部の知見導入によって、ハラスメント防止策の実効性を高く維持することが可能となります。
まとめ
ハラスメントは単なる人間関係の揉め事ではなく、企業のコンプライアンスを揺るがす深刻な問題です。社員の尊厳や安全を脅かすハラスメント行為を放置すれば、法的制裁を受けるだけでなく、企業の信用失墜や人材流出といった大きな代償を払うことになります。
一方で、ハラスメントのない健全な職場環境を整えることは、社員の働きがいを高め、企業の生産性や評判向上にも直結します。コンプライアンス遵守の基本として、全ての企業がハラスメント防止に真摯に取り組み、安心して働ける環境づくりを推進することが求められます。その積み重ねが企業の持続的な発展と社会からの信頼確保につながるのです。


